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定年後の八ヶ岳高原での楽しい出逢いや出来事を気ままに綴っていきます。

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老(人)老(犬)介護
一昨日、諏訪湖一周をした時に出会った場面が、今も頭の中に残っていて
離れません。
それは、老犬を散歩させているお2人の高齢者と老犬の姿でした。

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昨年浜名湖ガーデンパークで出会った、愛犬を乳母車に乗せて
私に嬉しそうに話してくれた若い女性と、ご機嫌そうなワンちゃん。

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CIMG17072010.jpg
これも去年諏訪湖一周をした時に、子犬を乳母車に乗せて散歩中の
女性と、「可愛いわね」と近寄って褒めるおば様お2人。

CIMG16102003.jpg
我が家の周辺を散歩途中、愛犬を大事そうに両腕で抱え、もう一匹を歩かせている
元気な女性。

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高尾山のケーブルカーの中で、愛犬を抱いたご主人、それを見つめる奥様、
可愛い愛犬の事を幸せそうな表情で、お2人が私に話して呉れました。

CIMG16102002.jpg
諏訪湖畔のベンチに座って愛犬を膝の上に置きながら、こっくりこっくり、
ちょっと寂しそうな光景に、私には見えました。

DSCN17072001.jpg
一昨日諏訪湖散策路で出会った、高齢者お2人と老犬の散歩の場面です。

DSCN17072002.jpg
老犬はもはや歩くことさえ儘ならず、高齢の男性があやす様に
犬の面倒をみてあげて居ました。
私が今まで多く見ていた人と犬の散歩の場面は、人も犬も元気に楽しく散歩している
場面ばかりでした。
ご高齢の方が、老犬を労わり介護するような散歩に出会ったのは始めての事です。
最近、人の場合でも「老々介護」とか「認認介護」とかが深刻な問題として
取り上げられていますが、果たして可愛がりや癒しの対象として人同様に
大事にされてきた犬が、老犬と成って介護が必要に成ったら、
一体どのような事に成るのか、気に成って調べてみました。

DSCN17072004.jpg
全国で飼われている犬と猫の頭数です。
犬も猫もほぼ同数の980万頭。

犬や猫を飼う事によって、人が得られる効果です。
DSCN17072003.jpg
犬の一生にかかる費用はおよそ120万円、猫は70万円だそうです。
犬や猫を家族の一員として買うことに依って得られる効果は同感ですが、
一方犬も猫も、命は昔よりずっと長生きするように成って約15年、
でも人間より相当早いレベルで老化が進みます。
家族の一員として可愛がり、人間同様の扱いをしてきた犬が、
老犬と成った時の介護についての記事を多く見ましたが、
人の介護同様に大変な負担であることが分かりました。

以下は、朝日新聞SIppoに記載されている老犬介護の記事です
誰もが何時かは向き合う、老犬を介護する苦労と覚悟
「うちの犬が歩けなくなり、寝返りもうてなくなった」
「夜鳴きがやまず、近所から苦情がくる」
イオン動物医療センター幕張新都心(千葉市)には、
年老いた犬と暮らす飼い主から、そんな相談が持ち込まれる。
経営母体のイオンペットが今年7月、犬の介護ケア事業を始めたことも影響しているのだろう、
その件数は増加傾向にあるという。センター長の永井貴志獣医師は言う。
「長く一緒にくらしてきた『家族』ですから、自宅で介護をしようという飼い主は多い。
でもその苦労は、たいへんなものなのです」
犬の老いは、想像以上に早くやってくる。
つい最近まで子犬のように駆け回っていたのに、7~8歳にもなればもう老化が始まる。
そして最期の時を迎えるまでの1年前後、場合によっては介護が必要になってくるのだ。
寝返りがうてなくなれば、床ずれができないよう毎日数回、
定期的に体勢を変えてあげる必要がある。
夜鳴きを止めるには、昼間はなるべく寝かせず、適度な運動をさせるのが理想。
飼い主は付きっきりにならざるを得ず、負担は重い。・・・・・以下省略

女優・新妻聖子が語る老犬介護
2012年9月、チベタンスパニエルの天馬が亡くなりました。
まだ家族でタイに住んでいた、私が16歳の時からずっと一緒に暮らしてきた子です。
吠えたりすることがほとんどない、とても穏やかな気性をしていました。
そんな天馬が突然、うなり声をあげるようになったのは亡くなる1年くらい前です。
かかりつけの動物病院に連れて行ったら、認知症の可能性があると言われました。
12年春、今度は右目の角膜が高齢のために損傷。鎮痛剤で痛みを取る治療が始まりました。
次第に、認知症が進んでいきました。トイレを失敗するようになり、おむつ生活に。
足腰が弱り始め、ついには歩けなくなりました。
そのころからご飯も食べられなくなって、指や注射器で流動食を食べさせました。
特に困ったのは夜鳴きです。
ちょうど舞台の公演期間に重なっていて、ほとんど眠れない日が続き、
私も体力的に限界に来てしまいました。
天馬に申し訳ないと思いながらも、実家の母に預けることにしました。
別れはそれから3カ月後にやってきました。
全く食べていなかったのに突然ウンチをし、その異変に気づいた母が電話をくれました。
急いで駆けつけましたが、間に合いませんでした。
でも、まだぬくもりが残っている天馬に会うことができました。穏やかな顔をしていました。
介護は体力的にも金銭的にも本当に大変でした。
認知症で私のことがわからなくなってしまったのは、精神的にショックでもありました。
でも、最後までみとるのは飼い主の責任です。
これまで無償の愛を注いでくれたことへの恩返しだとも思います。
いまでも、何度でも、天馬に「ありがとう」と伝えたいです。

癒して呉れた犬への恩返しが出来る元気な人ならば、苦労が伴っても
犬を見送ることも出来ますが、問題は、飼い主が老犬同様に痴呆に成ったり、
体が不自由に成ったり、経済的に立ち行かなく成ったりした場合は、
どうなるんだろうかとの心配が出て来ます。
人が人の介護をするのも大変な事なのに、介護状態の人が老犬の介護を
しなければいけないことを思うと、癒しを受けるだけの対象として
安易に飼うことは人に取っても犬にとっても、必ずしも幸せな結果とは
成らないような気がします。
そんなことまで心配したら、犬など飼えないよ、
そうなったなそうなった時に考えれば良いさ、
そんな事では済まされない老(人)老(犬)介護の問題です。

ネット上に記載されていた、次の言葉が印象に残りました。
「犬を愛するとは、最初から最後まで尽くし、愛すること。
老犬と暮らすことは、決して楽なことではありません。
愛犬の介護への疲労感が溜まってしまったり、
愛犬の死に耐えなければいけなかったり。・・・・」

この様な覚悟が出来ない私は、犬を一度見送っただけで
その後は飼うことを止めました。(+_+)




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ブログ | 20:38:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
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